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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)5564号 判決 1965年5月26日

原告 田中三郎 外一名

被告 近江桃蔵

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は「(一)原告らとの間において、被告が原告田中に対し東京都豊島区池袋東二丁目三十九番地の二十五、宅地二十三坪九合六勺のうち別紙図面表示(イ)(ロ)(ハ)(イ)の各点を結ぶ直線内の部分一坪三合四勺六才について賃借権を有しないことを確認する。(二)被告は原告会社に対し右土地の部分と同所同番地の十、宅地百三十八坪七合六勺との境界に原告会社と共同して高さ二メートルの板べいを設置し、かつ、昭和三十四年九月二十三日から右設置完了に至るまで一カ月金四十円の割合による金員の支払をせよ。(三)被告は原告らに対し各金一万五千円及びこれに対する昭和三十六年八月五日から右完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ」との判決及び(二)、(三)について仮執行の宣言を求め、その請求の原因及び被告の抗弁に対する答弁として次のように述べた。

「一、原告田中はもと訴外秋本清二からその所有の請求の趣旨(一)記載の宅地全部(以下本件土地という。)を賃借していたが、昭和三十四年九月十一日これを同人から買受け、同月十六日その所有権移転登記をした。

二、原告田中は右買受以前から原告会社に本件土地を転貸し、原告会社はその地上に家屋を所有し、昭和三十三年十二月十六日その所有権保存登記をしたが、原告田中は昭和三十四年九月二十二日、原告会社と合意の上右転貸借を解除すると同時に、原告会社に対し本件土地を建物所有のため、賃料一カ月三千円の約束で、賃貸した。

三、被告は、正当の権原がないのに、本件土地のうち請求の趣旨(一)記載の部分(以下本件土地の部分という。)について賃借権を主張して原告田中の本件土地買受以来原告らのこれに対する使用収益を妨害し、故意または過失により原告会社に対し一カ月四十円の割合による相当賃料と同額の損害を与えている。

四、被告は本件土地に隣接する請求の趣旨(二)記載の土地のうち約二十四坪(以下本件隣地という。)を秋本清二から賃借し、原告会社と相隣関係にあるので、原告会社が昭和三十六年三月四日被告に対し右境界の部分にへいの設置を求めたが、これに応じなかつたので、原告会社は同年五月二十三日右境界部分に五千円の費用を支出して板べいを設置した。

五、すると、被告は同月三十日原告田中に対する右板べい撤去の仮処分決定を得て、同年六月十三日これを執行し、右板べいを撤去した上、同月十九日原告田中に対し本件土地の部分に関する占有回収の本案訴訟を提起した。

六、原告らは被告の違法な仮処分の執行及び本案訴訟の提起に対抗するため、弁護士に右仮処分に対抗する一切の手続及び本件訴訟を委任し、原告田中は一万五千円、原告会社は一万円をそれぞれ着手金として弁護士に支払つた。

七、よつて、被告に対し原告らは本件土地の部分に関する賃借権の不存在確認、原告会社は板べいの共同設置、本件土地の部分に関する賃借権妨害以後の日からその完了に至るまで相当賃料と同額の損害金の支払、違法な仮処分執行に因る損害賠償金、原告田中は違法な仮処分申請、執行、本案訴訟提起等に因る損害賠償金、これに対する損害発生以後の日から各完済に至るまで法定の損害金の支払を求める。

八、被告主張事実中原告田中が原告会社の代表取締役であること及び家屋所有登記の点は認めるが、その余は争う。被告はその主張の三十九番地の十の土地の一部を賃借していたに過ぎない。仮に被告が本件土地の部分に関する賃借権を建物保護法により原告らに対抗し得たとしても、被告は昭和三十六年五月ごろその借地上の家屋を全部取りこわしたから、これによりその対抗力は消滅した」

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次のように述べた。

「一、原告主張事実中第一項のうち本件土地の部分賃借の点を除くその余の事実、第二項のうち原告会社所有名義家屋の登記の存在、第三項のうち賃借権主張の点、第四項のうち相隣関係、原告田中のへい設置申入、これに対する拒絶の点、第五項は認めるが、その余の事実は争う。原告会社所有家屋はもと三十九番地の二十一の土地上にあるものとして登記されていたが、昭和三十六年七月八日から本件土地上にあるものとして登記されたものであり、板べいを設置したのは原告会社ではなく、その代表取締役である原告田中である。

二、被告は昭和三十年一月一日秋本清二から東京都豊島区池袋東二丁目三十九番地の十、宅地百三十八坪七合六勺のうち二十二坪七合七勺とこれに隣接する本件土地の部分を一括して建物所有のため、賃料一カ月三百六十円、毎月二十八日払、期間二十年と定めて、賃借し、当時から三十九番地の十の賃借土地上に登記した家屋を所有し、本件土地の部分を占有使用してきたものであり、かつ、秋本は本件土地を原告田中に売渡す際、本件土地の部分に関する被告の賃借権の存続を承認されたい旨申入れ、原告田中はこれを承諾した。なお、被告は右借地上の家屋を取りこわしたことはなく、単にこれを増改築したに過ぎない」

証拠<省略>

理由

原告主張事実中第一項は、本件土地の部分賃借の点を除き、当事者者間に争なく、原本の存在及びその成立に争のない甲第十四号証と乙第十四号証との各供述記載、右各供述記載により成立を認めうる乙第三、四号証、原本の存在及びその成立に争のない甲第十三号証の供述記載、証人田部井睦美、田部井礼子の各証言によれば、被告がその主張の日に本件土地の部分及びこれに隣接するその主張の土地の部分をその主張のような目的、条件で秋本清二から賃借し、以来これを占有使用してきたことを認めることができ、被告が当時から右隣接土地の部分に登記した家屋を所有していたことは当事者間に争なく、原告らは原告田中が秋本から本件土地の部分を賃借していた旨主張するけれども、右主張に沿い、前記認定に反する証人佐竹三郎の証言及び原告会社代表者兼原告田中三郎の本人尋問の結果は信用し難く、他に右原告ら主張事実を認めて前認定をくつがえすに足る証拠はない。

しかるに、借地人が借地上に建物を所有する場合にその借地権を消滅させることは借地人にとつて大きな損失であるばかりでなく、社会経済上も損失であることは明白であり、このような損失を防ぐために建物保護法が制定されたことを考えると、同法第一条第一項は、「其ノ土地ノ上ニ登記シタル建物ヲ有スルトキ」とだけしか規定していない以上、多少所在地番その他に相違があつても、その借地上に借地人が所有する建物の登記と解しうる登記があれば、借地人はその借地権を第三者に対抗しうる旨を規定したものと解すべきであり、従つて、一筆以上の賃借土地を敷地とする借地人所有建物がその建物自体は一筆の土地の上にだけあり、かつ、その一筆の土地の上にあるものとして登記されている場合でも、一筆以上の土地が一括してその建物の敷地となつている限り、右借地人は借地全体についての借地権を第三者に対抗しうるものと解するのが相当であるから、原告会社がその主張のように本件土地の部分を賃借したとしても、被告は本件土地の部分の賃借権を原告らに対抗しうるものというべきである。

また、原告らは、被告は昭和三十六年五月ごろその借地上の家屋を全部取りこわしたから、これによりその対抗力は消滅した旨主張するけれども、同法第一条第二項は借地法の施行により修正されたものと解すべく、従つて、建物保護法により対抗力を有する借地の所有権が譲渡され、借地権の期間満了前にその借地上の建物が滅失しても、借地権はこれにより消滅しないものと解するのが相当であるから、原告らの右主張は採用することができない。そうしてみれば、被告は本件土地の部分を正当の権原に基いて占有使用していたものというべきであるから、原告主張事実中第五項は当事者間に争がなく、証人佐竹三郎の証言、同証言により成立を認めうる甲第十六、七号証によれば、原告会社が本件板べいを設置したことが認められるけれども、原告会社は、被告が正当の権原に基いて占有使用している本件土地の部分の上に勝手に板べいを設置した以上、これが原告田中に対する仮処分の執行により撤去されても、当然撤去さるべきものが撤去されたに過ぎず、これにより違法に損害を受けたものということはできない。また、成立に争のない乙第十号証、証人田部井睦美の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告田中は被告の隣りに居住していて、本件土地の上に家屋を所有しており、昭和三十六年三月ごろ被告に対し本件土地の部分が同原告の所有である旨申入れ、本件仮処分直前に本件土地の部分に入つてきて抗を打ち始めたことを認めることができ、右事実と当事者間に争のない原告田中が本件土地の所有者で原告会社の代表取締役である事実によれば、被告は本件仮処分等の相手方を原告田中にしたことについて故意または過失がなかつたものと認めるのが相当である。

よつて、被告が本件土地の部分について賃借権を有しないこと及び本件仮処分等に基く不法行為の成立を前提とする原告らの請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用し、主文のように判決する。

(裁判官 田嶋重徳)

(別紙図面)<省略>

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